山岸凉子漫画感想ブログ

山岸凉子先生の漫画作品の感想を書いていきます。普通にネタバレしてますのでご注意ください。

それは自分にも見えない悪意。「瑠璃の爪」1986年

あらすじ

上杉絹子(28)は、実姉の敦子(31)を刺し殺した。
その後、複数の関係者の証言によって姉妹の関係は少しずつ浮き彫りになっていく。


「関係者への取材」という形をとった構成の臨場感がすごい。
本当にこういう事件があったんじゃないかと思ってしまうくらい。
「絹子は存在感が薄かった」「ピアノを習っていた」「元気で明るかった」「虚弱体質だった」「美人だけど暗かった」「落ちこぼれだった」「内向的で大人しかった」「無口で平凡」「目立たなかった」「母に甘やかされてた」
「敦子は優等生だった」「しっかりしたお嬢さん」「姉妹仲はよかった」「子供の頃から大人だった」「妹さんとは雰囲気が違った」「妹思いだった」「思慮深かった」…

発表会のドレス、社内恋愛、派手な結婚式、絹子の縁談…。
絹子が敦子を殺すまでに何があったのか? 関係者への聞き込みにより、いろんな角度から二人の関係が明らかになっていく。お兄ちゃんの奥さんの「敦子さんは絹子さんの縁談に口出しすぎ」はかなりいい線いってるし、敦子の元夫に至ってはかなり気づいていた。

「仲…よさそうでしたよ。少なくとも表面上は。
…ただ、敦子のやつ、自分で意識しているかどうかわからないけど
絹子さんのこと…憎んでましたね

これはどー考えても絹子・敦子・喬の母親が悪い。絹子だけ偏愛したせいで絹子は自主性のない愛玩物になり、残りの兄妹は愛に飢えて絹子への憎しみを抱く。

「せっかく母が亡くなって自由になったと思ったのに。
え、あんなに母に愛されたのになんというバチ当たりな事をと。
みんなそういうんです。兄も…そして姉も。
そう…あたしって冷たい人なんです。
あれを愛…されてるとは…。
あたしピアノが大嫌いで…才能もなかった。
それなのに学芸会に出されたり誰よりも目だつドレスを着て発表会に出るのは本当につらかった」

でも兄や姉と違って自分の思ってることをすぐに口にできず、愛玩物のまま。一方、敦子の結婚式の台詞からすると、敦子は母にかわいいドレスを買ってもらえる絹子が羨ましかった。お互いがお互いを羨んでいた。

子離れのできない母親が死んで絹子がホッとしたのも束の間、今度は敦子が絹子の幸せを邪魔し始めた…。
お互いがお互いを羨む関係だけど、絹子が「溺愛つらい。姉さん羨ましい」なのに対し、敦子は「愛されなくてつらい。絹子が羨ましい、憎い」なので、憎しみがある分絹子より攻撃力があるんですね。

「あたしのためを思ってやっているのだと信じている姉の
善意一杯の笑顔を見るのが、あたし…」

絹子の自我のなさと主張の薄さに、読んでて歯がゆくなってしまう。絹子がもうちょっと思ったことを口に出せる娘だったら母からも姉からも解放されたかも知れないのに。でもそうなるように育てられたんだから仕方ない。

姉妹の因縁話」はもはや山岸先生の作品の一ジャンルといってもいいほどいろいろありますけど(そして結構な確率で姉が妹に殺される)、この話はそんな中でも特に複雑に愛憎が入り混じっててリアルな話だと思います。敦子の元夫の言うように、「姉妹なんて多かれ少なかれ、みんなそんなところあるんじゃないですか」と思える。

最近の毒親用語として「愛玩子」「搾取子」というのがあるのですが、私この言葉を最初に見た時「山岸作品の兄弟姉妹もののやつだ!」と思いました。多分山岸先生が描いてる頃はまだそんな言い方なかったと思うけど。言葉はなくても、存在はきっとずっと昔からあったんだろうな。

この話、古いからか結婚に関するエピソードが軒並み古くて全然ピンとこないです。
「こういう娘は早くお嫁にやるのがいいよ」「若くないんだからこの辺で手を打っておいたら」「いい年した女二人をいつまでも置いとくものじゃなかった」「選り好みしてないでサッサと嫁に行けばよかったんだよなあ」「玉の輿だからいい話」「ある程度の所で折り合って絹子さんをお嫁に出すのも愛情の一つだったと思う」。この時代の人たちにとっての結婚って万病に効く薬なの…? 「妹の縁談を姉が断る」が「妹の幸せを姉が潰す」というふうに描かれてるけど、そもそもお見合いで結婚してしまえば幸せになれるという感覚がよくわからず、そのへんが私のこの話への理解度を下げてしまってます。残念。仕方ないよね私現代っ子(?)だし。

この作品は87年にドラマ化されたらしいですが、未見。

収録コミックス

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