山岸凉子漫画感想ブログ

山岸凉子先生の漫画作品の感想を書いていきます。普通にネタバレしてますのでご注意ください。

この家には鬼がいる。「夜叉御前」1982年

あらすじ

15歳の紀子の家は山深い一軒家に引っ越してきた。
最初からその家に良くないものを感じていた紀子は、やがて家の中に「鬼」が見えるようになり、「鬼」に狙われるようになる。
病気の母や幼い弟妹や祖母の世話をしながら鬼と戦う紀子だったが、その鬼の正体は…。


ご家庭の歪みが長女に全集中。
この短編は「引っ越し先の家に鬼が出る」というホラーですが、妖怪とか心霊系のホラーではないです。
もうさ、「夜に黒いものが覆い被さってくる」の時点で我々山岸ファンは「あっ…」って思ったよね。

あれは鬼の顔です。
幸いほかの人はまだだれも気づいていません。
われわれ家族のほかに
あの鬼の顔をした女の人が住んでいることを……。

家族の他に、ね。

鬼にターゲットにされてからというもの、紀子は吐いたり押し入れの中の鬼に睨まれたりと恐ろしい毎日。
ここで紀子ちゃんが謎の負けん気を発揮して「鬼なんかに負けない!」「今回は私の勝ち!」などと言い出しバトル漫画の様相を呈していくわけですが、ぶっちゃけ紀子は物語開始当時から頭がおかしくなっているので仕方ない。

「覆い被さる黒いもの=父親」「鬼=母親」が斧で殺すシーン。
この「紀子の視点」から「客観的な視点」への切り替えの鮮やかさ! 山岸先生は天才だ!
いつも寝たきりの母、意外と膂力がすごい。斧て。

紀子ちゃんは完全にこの家の人身御供になっている。
何も悪いことしてないのに実の母に恨まれ、実の父に犯され、弟妹を守り、ろくな設備もない田舎の家で一日中おさんどん。弟・妹・おばあさんはのんきに暮らしてるのすごいギャップ。
私このやたらきつそうな家事炊事の描写が、精神的にもあちこちから人身御供として消費される紀子の立場を表してると思ったんですがどうですか。

『夜叉御前』はわからない(描かれていない)ことがたくさんあります。
なぜ田舎に引っ越してきたのか?(父親クビか左遷されたのか?)
紀子は学校へは行ってないのか?(家事してる描写しかない。弟妹は行ってるのに)
父親はどんな人物だったのか?(モブ程度の描写しかない。顔すらはっきりしない)
母親はどんな人物だったのか?(病気以前の描写がない)
母親の娘への恨みと、父親の娘への性的虐待の時系列もどっちが先かよくわからない。
「鬼」が出てくるのが「黒いものが覆い被さる」よりも前の出来事だから、父が紀子に目をつける前に、寝たきりの母が若くて健康な娘を妬むようになってしまったのかな。「覆い被さる」以外の虐待も前からあったのかも知れないけど…。

「妻の病気・怪我・死亡が原因で今まで通り『夫の相手』ができなくなり、娘がそれに成り代わる」というテーマは他の物語でも見られます。
三島由紀夫女神』では顔に火傷を負った母の代わりに娘が美意識高い父の「二代目人工美女」として仕立てられたり。
京極夏彦魍魎の匣』では病気になった母に代わって娘が大好きな父を奪おうとしたり。
民話『千匹皮(驢馬の皮)』では死んだ妃の後妻を探した王様が妃よりいい女が実の娘しかいなかったので娘と結婚したり。

地味に残酷だなと私が思ったのが、他の家族の存在。
同じ性的虐待ものの『緘黙の底』『スピンクス』とかもきつかったけど、肉親がほぼいなかったから被害者本人がトラウマ地獄で苦しむだけで済むけど(←済むって言うな)、紀子の小さい弟くん、妹ちゃん、そしておばあちゃんはこの陰惨な事件の後、どうやって生きていくのかと思うと…。あと紀子の産んだ赤ちゃんとかさあ…。
そういえばおばあちゃんなんですが、紀子に性的虐待してたの父親なのにわざわざ「父方の」祖母って説明されてたのなんか怖くないですか?

収録コミックス

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