山岸凉子漫画感想ブログ

山岸凉子先生の漫画作品の感想を書いていきます。普通にネタバレしてますのでご注意ください。

ハンサムな彼女の心の闇。「キメィラ」1984年

あらすじ

女子大学に入った磯村は寮で中世的な少女・鈴木翔(かける)と同じ部屋になった。
ほとんど平らな胸と男名を持つ美少年のような彼女に磯村は「惚れて」しまう。
一方、大学のある街の周辺では、お年寄りばかりを狙った殺人事件が相継いでいて…。


その時あたしは、この世にあり得ぬものを見ていました…。
彼女の…………下半身に。

山岸作品によく出てくる「モノローグが饒舌な主人公」が、入学した先の大学で恐ろしい事件に巻き込まれるという話なのですが、この主人公、後ほどスケベが原因で死にかけます。

共学時代の「ムサい男」へのうんざり感、そして学園生活のつまらなさから来る「何かに夢を持ちたい」という思いを、男装の麗人・翔に憧れることで満たそうとする磯村ちゃん(下の名前出てこない)。
でも翔は磯村が夢見たような美少年ではありませんでした。寡黙でほとんど口をきかず、一人で花の咲かない万年青を愛で、拾った動物の飼い主を執拗なまでに探す、変わった人でした。

「翔さん、すまないんだけど、あの…ナプキン持ってない?
急にきちゃってあたし」

「ナプキン? 何それ」

翔にまだ生理がないことに驚く磯村。このシーンに出てくる「お客さん」「おザブトン」という隠語に時代を感じる。
磯村はある晩、心配を装ったスケベ心からシャワールームで彼女の裸体を見てしまう。

あたしときたら、ああ! もう、絶望的なくらいスケベな人です。

「心に闇を抱えた少女が老人を殺して血を絞る」という残忍な殺人事件が起きてるのに主人公はこんなだよ!
見てはいけない翔の裸を見てしまったことで、磯村は首を締められます。他の作品の主人公たちはもう少しまともな理由で危機に瀕してたと思う。

この話のテーマは「半陰陽(両性具有)」。現在ですらあまり認知されていないのに(漫画とドラマなどでたまに話題になったりはしますが)、84年の時点で は「男でも女でもない性」などという概念は一般の人の間では存在すらしてなかったんじゃないかな? 昔も今も男と女の中間はオカマという認識で止まってる人は多い。
磯村も「彼女は半陰陽だったんだ」といきなり聞かされてすぐ理解できたのかなあ。80年代の女子大生が知ってるとは思えない…。

翔は陸上選手であったというのがこの話の鍵のひとつですが、検索してみたら半陰陽の陸上選手けっこういました。職業における男女の無意味は差は少〜しずつなくなってきてますが、スポーツの男女分けは致し方ないだろうし…。どうしてもスポーツの世界で生きたい半陰陽の人はどうすればいいんだろう???

収録コミックス

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