山岸凉子漫画感想ブログ

山岸凉子先生の漫画作品の感想を書いていきます。普通にネタバレしてますのでご注意ください。

お姉ちゃんは無敵。「月読」1986年

あらすじ

神々の住まう高天原。暗い夜の神・月読(ツクヨミは太陽神である天照(アマテラス)を慕っているが、天照はいつも風の神・須佐之男スサノオばかり可愛がり、月読には冷たかった。
天照や須佐之男のように明るい男になりたいと願う月読は、愛してやまない天照のために精一杯尽くすが…。


「いくら瘢痕が美しくとも、姉上は私のこの青白い肌がお嫌いだ」

月読かわいい。
古事記ではあんまり目立ってなかった月読命にスポットを当てたお話。
この月読、どこまでも姉ラブです。
美形だけど暗く冷たい顔なのを気にしています。だって姉上がこういう顔嫌いだから。
姉上と会う時は金糸の衣を着ます。だって姉上が好きだって言ってたから。
しかし姉である天照は月読をぞんざいに扱う。月読は嫌われてると知っていながらも慕わずにはいられない…。陰気な顔した男の報われない恋心が切ないです。

太陽のように明るい天照と、(一見)無邪気な童顔野郎・須佐之男。二人は明るさも嗜好も似ている仲良し姉弟! 一方、生まれながらに陰キャの月読は陽キャの二人の間に入れない。
童顔の須佐之男くんは実はけっこう腹黒で暴力的な奴なのですが、天照もそれを知ってるようなのに、私のわがままな坊やカワイイ!みたいなかんじで可愛がってます。天照が月読を嫌いなのは、同じ空を掌る者としていつか取って代わられるかわからないという理由もあり。

そんなことも知らない月読はうっかり保食神を殺してしまったことを謝りに行った際、天照と須佐之男の情事を見てしまい、逆上して馬の生皮を投げ込んでしまう。どういうキレ方?
月読もこのへんで姉上に愛想を尽かしていればいいものを、天岩屋戸にこもった天照を見て「やっぱり須佐之男とのことは一時の気の迷いだったんだ!」とか思っちゃいます。なんかもうかわいそう。

大騒ぎになった高天原ですが、結局は天照は須佐之男にすべての罪を被せてちゃっかり汚名返上に成功! すごいよ天照姉さん。無敵だよ。月読も天照のこういう「絶対的強者」っぷりが好きなのかな。天照のどこまでもしたたかな性格は魅力だ。

私はもう、姉上の女の腥さに翻弄されて
へとへとに疲れはててしまった。

天照大御神が最強、というお話でした。
↓月読くんの最後のポエム。ムッツリっぽい。

こうして目をつむると姉上の淡桜(うすざくら)に色づいた瘢痕が私を苦しめる……
手の届かぬ所で赫々(かがや)く太陽(ひかり)に
それでも弱々しく反射(こたえ)ずにはおられぬ
白い月塊(つきしろ)の運命(さだめ)のごとく

収録コミックス

ただ、男について行くだけの女の怨念。「雨女」1994年

あらすじ

三田数良はその恵まれたルックスで数々の女を物にし、金目的で手にかけてきた。
女たちの愛と怨念に取り憑かれることになるとも知らずに…。


こういう男はモテないでほしい。
ロス疑惑」が元ネタのホラーです。イケメンの数良は女を騙すのが得意。それを悲しげに見つめる奥さん。
私がいるのに彼が家の中に女を呼び込む!
さっきまで家にいたのに山の中にいる!
カラスが寄って来る!
立てない!
声をかけてるのに誰も気づいてくれない!
気づいたらまた家にいる!
この奥さんは自分が死んでることに気づいてません。
さらに、もう一人出てくる女(浮気相手)も死んでる。そして気づいてない。
もうカオス!
数良に騙された女たちは3人出てきますが、最終的には全員死にます。

3人目の女・よし子を殺し、マスコミに対して涙で応答してみせる演技派の数良。だが奥さんの遺体が発見されてしまいます。
今までは奥さんが視点キャラでしたが、ここで一気に切り替わります。『夜叉御前』で読者をびびらせた山岸先生の例のテクニックです。そしてさっきまでの視点キャラ(奥さん)は「ゴミ袋に詰められた死体」になりました。びびった。

この話に出てくる3人の女の霊は「呪ってやる!」という恨みの気持ちはなく、自分が死んだことすら気づかず、ただ愛する数良の後にズルズルついて行くだけの存在。単なる恨みの感情より、こういう「愛だか怨念だかもうよくわからない強い執念」ってのが一番怖い気がする。

マスコミに囲まれながら帰宅する数良。数良のうしろから「長い物」が繋がっていることに、近所に住む少女だけが気づく。

「お母さん、あのおじさん、長い物を引きずってるよ」

罪が暴かれようと暴かれなかろうと
彼は“長物”を引きずっている。
これが人間に憑く背後霊の中でも、もっともたちの悪いものだそうな。

「三田数良」の元ネタこと三浦和義について調べてみたところ、この作品が描かれた14年後の2008年に留置所で首を吊った状態で亡くなったようです。
…「長い物」が首にグルグル巻き付いて死んだんですかね。
………。
…ゾクッとしたところで終了。

収録コミックス

王朝の年の差兄弟愛に萌え。「水煙」1986年

あらすじ

男大迹大王(おほどのおおきみ)と婢の子である13歳の阿豆王(あつのきみ)は、後見人のクロヒトが死に、父の唯一の手がかりである耳飾りを手に都へ向かうが…。


「都の人はみんな冷たいんだよ。一人を除いてはね」

処世術に長けた少年が「王子様」として扱われることは最初から諦めて、一目父に会う、ついでに将来は武人になるために都に出てさまざまな経験をするという歴史もの短編です。
都で出会い、その後も何かと阿豆にちょっかいを出してくる青年・次次雄(ススオ)と阿豆のやりとりにBL臭を感じるので好きです。
この次次雄、いざという時は助けてくれるし、阿豆をコチョコチョとくすぐるのが趣味なんだぜ…!
実はこの次次雄が次の大王で、阿豆の異母兄でしたーというハッピーエンド。よかったね。

最後のシーンでニコリともしない次次雄の部下に「次次雄がくすぐるのはあなただけ」とツッコミを入れられてるところとか萌え。腐敗した朝廷の次期王と王子の兄弟愛か…。いける。

収録コミックス

鬼門全開おばさんが行く!「あやかしの館」1981年

あらすじ

は高校に通うために、叔母の由布の家に居候することになった。
浮世離れした由布子の性格にも慣れてきた頃、葵はその家で起こる奇妙な現象に気づく。


自宅がお化け屋敷。
この後『二口女』の由良子さん&縁ちゃん、『ケサラン・パサラン』の由良子さん&紫苑ちゃんへと続く「気持ちだけは異常に若い、名前に由の付くイラストレーターのおばさん&寒色系の名前のしっかり者の女の子」という二人が出てくる作品群の一番最初の作品です。
その中で一番どうかしている由布子さんは、なんか微妙に失敗した手抜き建築の洋館に住んでいましたが、その家は変なことばかり起きます。怯える葵ちゃんですが、由布子さんは「えーでもしょうがないじゃない」みたいな反応で終わらせてしまいます。図太い!

この話に出てくる由布子さんの「あやかしの館」は山岸先生が当時住んでいた家をモデルにしただけあって、葵ちゃんの恐怖体験が妙にリアルで怖いです。家電が信じられないくらい故障する。ドアも開いてないのにドアの開く音。玄関ドアの覗き穴から見える、金色の光をひいて歩く透き通った人…。
最後はギャグで終わらせてくれてるのがありがたいですが、やっぱり怖い。「寝てると近づいてくる誰かの足音と吐息」が一番イヤですね。でも金色の帯はちょっと見てみたいかも?

「おかしいと思ってたのよね、この家。
とくに玄関がよ。信じて。ね! 由布子さん」

「だからってどうしようもないではありませんか」

ツッコミ担当の家政婦・寒川さんには理由がわかってました。

「お玄関が表鬼門なんですよ、この家。
古いことをいうとお思いでしょう。
でも玄関が鬼門じゃ、何かが通ってもあたりまえなんですよ」

いつもクールな寒川さんが「この家より由布子さんが怖い」とか言い出して笑った。

山岸凉子全集〈17〉』の巻末には山岸先生のインタビュー記事「山岸凉子の幽霊譚」が載っていて、『あやかしの館』に出てくる不思議エピソードは全部、山岸先生が自分の家で実際に体験したことだと語っています。このインタビューの時はすでに「鬼門」の玄関は改装されていたらしい。
「玄関に貼ったお札だけがはがれるんですよ」
「鬼門を閉じたら精神は平穏になったけど、仕事は鬼門が開いてた時の方が調子が良かった」という話が私は大好きです。

収録コミックス

見えない目には見えないものが見える。「青海波」1982年

あらすじ

盲目の少年・多(まさる)が波打ち際を歩く。
多の見えない目には、すでにこの世を去った人々が見えていた。


「ゆっくり休んでくださいね」

「異能」や「死んだ人」が出てくるけど、幽霊に優しい多くんと特に何も悪さをしない幽霊さんのおかげで和み系の作品になっている短編です(…と思うけど何か怖い仕掛けがしてあったりして…)。女の子の幽霊と貝拾いして遊んじゃってます。楽しげ。ちょっと歌ってる歌が怖いやつだけど。
「盲目・幽霊・海」といえば、『海底より』を思い出すんですが、あっちとは全然違います。真美さんも全盲になった暁にはこういう平穏な「見えるひと」になって欲しいです(無茶言うな)。

夫を残して死んでしまった幽霊さんが、夫が自分を喪った悲しみをようやく乗り越えて元気に暮らしているところを見届けて、安心して成仏していくシーン。
「これでわたし、ようやく目を瞑ることが…」と言って逆に目を開く場面が印象的でした。

収録コミックス

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