取り憑く側の物語。「黄泉比良坂」1983年
あらすじ
「私」は気がつくと一人深い静寂の中にいた。
暗闇の中、たまに通り過ぎる人々を追いかけ、自分が誰かもわからぬまま「私」は彷徨う。
ああ、どうしよう。
わたしは自分が誰なのかわからない!
幽霊密着取材。
「私」は自分が死んでいることに気づかず、何が何やらわからぬまま、見えない目に時折見える人をとりあえず追いかけます。
一時期追いかけられていた小学生の絵里子ちゃんですが、「マブシイおばあさん」がついていたので無事でした。こんな頼もしいおばあさん欲しいですね。
『月の絹』といい、山岸先生はやたらニンジンごはんを推してきます。
自分と相性の良い人間を探す「私」。他人を恨んでばかりの女を見て、死ぬ前の自分を思い出します。自分も夫を恨んで女を恨んで死んでいった、ということを。
それは死後もさまよい続けなければいけないほどの罪なのか?
最後はそのへんにいたモブ顔の男性の肩に乗って高笑いする「私」。
あなたのそばにいると、あたしは五体満足。
嬉しい、嬉しい!
あたしの目が耳が口が甦る。
世界が生き甦る。
主人公目線ではハッピーエンド。
私も以前、「見える」知り合いに「なんか憑いてる」と言われて背中をバシバシぶっ叩かれたことがあるのですが、このおばさんみたいなのが憑いてたのかなー。おじさんだったら別の意味でイヤですが…。
収録コミックス
とある病に呪われた一族。「ひいなの埋葬」1976年
あらすじ
16歳の弥生は、遠い親戚の梨元家の雛祭りに招待された。
皇族の血を引く元華族だという梨元家には、弥生と同い年の令嬢・静音がいた。
そして弥生は静音にそっくりなシズオという少年にも出会うが、梨元家には恐ろしい秘密が隠されていた。
「誇りの象徴でもなんでもない。
呪われた血筋の象徴でしかないんだ、このひな人形は」
皇族の血を引く元華族様とか入り婿とか降嫁とか分家とか、初っぱなから古めかしい身分ワードが満載! 池田理代子漫画かと思った。
「女系家族」だとされる梨元家の雛の節句に招待された弥生ちゃんは、同い年の静音さん、そして彼女に瓜二つの少年シズオと出会います。静音嬢の武家の令嬢みたいなシンプルなお着物好きだなー。
弥生は夜しか現れないシズオを不思議に思いながらもシズオと親しくなっていきますが、実はシズオには「呪われた血」が流れていたのでした…。
梨元家当主のおばあちゃんがクレイジーババアです。「男がすぐ死ぬ血筋」という秘密を隠し家の名誉を守るために、孫の性別を偽って発表してそのまま主治医(男)と偽装結婚させる。挙げ句の果てに弥生には梨元家の子孫を産ませようとシズオを夜這いに行かせる…。
こういうキャラ見ると「身分」とか「家柄」が作劇に便利なのがわかるなぁ。
そして男であるシズオを愛していたという主治医兼婚約者の雪(きよし)。昔の少女マンガってBLとの住み分けが完全じゃないから好きです。
忘れちゃいけないのが冒頭の弥生ちゃんのギャグ(?)。
ものすごいハムサンド、いいえハンサム。
なんか一周回って面白い気がしてきた。
収録コミックス
- ひいなの埋葬(花とゆめコミックス(白泉社)
- 山岸凉子作品集〈10〉傑作集4 夏の寓話(白泉社)
- 山岸凉子全集〈32〉ひいなの埋葬(あすかコミックス・スペシャル)(角川書店)
- 山岸凉子スペシャルセレクション〈9〉鬼子母神(潮出版社)
不倫する女、不倫される女。「月氷修羅」1992年
あらすじ
朗子(さえこ)は正治と不倫を続けて4年になる。
妻と別れられない正治、彼と別れられない自分。お互いのエゴに気づきながらも不倫の泥沼から逃れられない朗子。しかしさまざまな出来事を経て、朗子はひとつの決断を下す。
山岸先生は不倫がテーマの話ではいつも妙に辛口。
28歳の主人公・朗子が見たり聞いたり考えたりするだけの地味めな話ですが、最後の決断が山岸不倫漫画の主人公の中ではかなりの英断です。
不倫に苦しむ朗子は、姉の夫も不倫していることを知り、またその父にも女がいたことを聞かされる。夫の不倫を聞かなかったことにしたら実際に耳が聞こえなくなったビックリおばあちゃん…。お姉さんはどうして妹が不倫してることに気づいたんだろう?
「ど、どうするの。まさか……離婚なんて」
「わたし浮気する」
「え?」
「…冗談よ。してやりたいけど。でも離婚するなんて安易なこと…絶対しないわ。
妻なんてそう簡単に引き下がらないわよ。それはわかってるでしょうね、朗子」
(姉さん、知ってるのね……)
うーん、お姉さんの「引き下がらない」に具体的な計画はあるのかなぁ。なんかこの人、妹には強いこと言ってても結局夫には何もできなそうな気が…。あ、でもこういう大人しい奥様に限ってキレると恐ろしかったりするから、2ちゃんの鬼女板の不倫スレのようなスッキリする報復を期待しましょう。
姉さんのあの眼…
そうよね、姉さんを苦しめる女はわたしでもあるんだ!
主人公が不倫している、主人公の身内は不倫されている…という構図は『死者の家』と同じですね。『死者の家』終盤の美佐と同じくズルズルと不倫の泥沼にはまっていた朗子ですが、ある日正治の妻が急に亡くなってしまいます。あら急展開。
ようやく晴れて結婚できる状況になった二人。しかし朗子は。
「わたしたち別れましょう」
朗子よく言った! えっ、山岸不倫ものの主人公なのにめっちゃ偉くない!?
正治の手に「ハム」って書いてあっても前言撤回しちゃだめだよ!(←伊藤理佐『おいピータン!』のネタ)
一方、正治という男は朗子の急成長について来れず。
「わからない君の言ってることが」
「そうやって自分だけを愛していけばいい」
こんな奴が奥さんの生きている間に愛人の方を選ぶ決断力があるわけなかったんだ! どうして朗子はこんな男に「一度に二人の女」なんていい思いさせてしまったのか。こういう男は愛人や妻がどんなに苦しんでても所詮「俺ってモテてる」くらいにしか感じないんだ!
癪だから山岸先生には既婚女性の不倫ものも描いて欲しいなー。何の落ち度もない夫がいながら若い間男と不倫する主婦の話をぜひ。そんで間男と夫が何年も苦しむの。
不倫相手の奥さんが亡くなってそのまま何の疑問もなく「後添え」になることを選んだパターンだと『貴船の道』があります。
収録コミックス
桃のコンポートで霊を撃退するホラー漫画初めて見た。「千引きの石」1984年
あらすじ
中学2年の可南子は両院の離婚によりN市の学校へ転校してきた。
しかし学校の古い体育館には恐ろしい噂があり…。
「戦争中、空襲にあってケガ人をあの体育館に運んだらしいよ」
空襲に遭った人々の霊がうごめく古い体育館で恐ろしい出来事が!という王道学園ホラー。展開がスタンダードすぎてちょっと物足りないかなー。ヒロインの「セーラー服代わりのマリンルック」と「凸凹三人組」のキャラは好きです。
全校生徒が体育館の恐い話を知ってるのに、ハブられ気味転校生の主人公だけが知らずにホイホイと近づいてしまいます。そういうのは早めに教えてあげてー!
体育館の扉を開けたら地の底まで続いてそうな急な階段が!というシーンが高所恐怖症としては怖かったです。
タイトルが古事記ですが、この話の古事記要素は「幽霊に桃のコンポートを投げつけて撃退」の部分です。えぇ…。
秀才の榊くん&ハンサムでスポーツマンの西町くんのペア、けっこう好き。特に、霊現象に立ち会ったというのに一人だけまったく感応しない体育会系の西町くんがバカでかわいいです。こういう強靱な(鈍感な)奴人間になりたい。『わたしの人形は良い人形』の陽子母とかもそういうタイプでしたね。
最後はホラーらしく「まだ恐怖は終わってはいなかった!」系の終わり方です。いいですね。 やっぱホラーとか不思議系の話はアンハッピーエンドで終わるのが好き。
本編とは全く関係ないですが、「制服が間に合わずセーラー服代わりに毎日取っ替え引っ替えマリンルックで登校」という可南子のアイディアが好き! 子供の頃読んでて憧れました。山岸先生こういう小ネタやるよね。さまざまなシーンでマリンルックを披露する可南子ちゃんに注目です。かわいいー。
収録コミックス
- 鏡よ鏡…(ぶーけコミックス ワイド版)(集英社)
- 山岸凉子恐怖選〈3〉千引きの石(ハロウィン少女コミック館)(朝日ソノラマ)
- 自選作品集 わたしの人形は良い人形(文春文庫ビジュアル版)(文藝春秋)
- 山岸凉子スペシャルセレクション〈6〉夏の寓話(潮出版社)
桜がテーマのオムニバス。「天沼矛」1986年
「桜」をテーマにしたオムニバス。
まったく雰囲気の違う3編の短編で構成されています。個人的には第二話が薄ら怖くて好き。
第一話 夜櫻
どうしてここはいつも夜なの
あの桜はなぜいつもいつも花びらを散らすの? 尽きることもなく
神話の世界。一人ぼっちで寂しい神様は天沼矛で沼をかき回し、一人の少女を生みだしますが、少女は蛇神である神様を怖がって逃げてしまいます。それでも神様は、夜が明けない世界を嫌がる少女のために、桜の木に火をつけさせます。木と共に燃え、黒コゲになって苦しむ神様に少女が白い乳を振りかけると神様は立派 な男性へと姿を変えましたとさ。めでたしめでたし。
感想に困る正統派神話ストーリー。えーと、天沼矛は実際に古事記に出てくるアイテムだけど、この話は創作神話でいいのかな? ぐぐってもそれらしい神話が出てこないので。
「どうして少女の乳がでるの?」という山岸先生の的確な自分ツッコミあり。ほんとだよ。
第二話 緋櫻
そうだ、あれはお母さんだった!
口に櫛をくわえて、目が…光っていた
離婚歴のある駿と結婚することになった佐江子。実家の庭に新居を建てるため、桜の木を伐採する途中、桜の幹から出てきたのは大量の五寸釘。その時佐江子は子供の頃の記憶を思い出してしまう。夜中、櫛を口にくわえて丑の刻参りをする、今は亡き母の姿…。
離婚歴のある婚約者、病気で亡くなった「お母さん」、後妻である今の「ママ(母の妹)」と、意味ありげな人物を配置し、主人公が思い出したお母さんの恐ろしい行動の謎…と来て、さあどうなるのかと思えば「駿との結婚が少し恐い…」でいきなり終わってしまう。
「お母さん」がまだ存命の頃から父は「ママ」と関係があった? お母さんはそれを知っていた? 丑の刻参りはその恨みから? 駿の別れた女性と息子は? など、主人公の脳内を駆けめぐったであろうさまざまな男と女の愛憎劇。男と女って怖い。
第三話 薄櫻
「気にするなよ。おまえのはすぐ良くなるよ」
人魂が飛ぶと噂される療養所に入院している少年たちの、ちょっと切ないお話。
少年たちの部屋には、少し年上の荒雄(あらお)という少年がいましたが、その名のとおり荒々しい性格なのでみんなから嫌われていました。
でも小6の節(たかし)は、クリスマスの夜に荒雄の意外な優しさを知ります。
ツンデレの荒雄くんに少しずつ懐いていくショタっ子節くん。桜吹雪の中でのキスシーンがあったり、よく考えるとうっすら少年愛な雰囲気のお話です。なんか長野まゆみが書きそう。
他の子がみんな一時帰宅して寂しい節を気づかって、普段はキツい荒雄が病室でクリスマスパーティの準備をするシーンが好きです。良い兄ちゃんだ…。ホロリ。