山岸凉子漫画感想ブログ

山岸凉子先生の漫画作品の感想を書いていきます。普通にネタバレしてますのでご注意ください。

失敗を恐れ続けた女の末路。「天人唐草」1979年

あらすじ

頑固で古風な父と貞淑な母を持つ岡村響子は、子供の頃から「慎みのある素晴らしい女性」になるように厳しくしつけられた。
特に、誇りに思う父の指示は響子にとって絶対だった。父の希望に応えようと精一杯務める響子だったが、父の言うことを聞けば聞くほど響子は、失敗を極度に恐れる消極的で自主性のない人間になっていった。


響子:主人公。他人の評価を異常に気にするあまり何もできない。
青柳:会社の1個上の先輩。響子とは対称的な積極的で色っぽいギャル。
新井:大卒のイケメンエリート。響子&青柳の憧れの的。
佐藤:中卒のチャラ男。ヘラヘラしているが能力は高い。

この世には響子がきっとたくさんいる。
山岸凉子ファンでない人も語ることが多い傑作トラウマ短編です。
娘を「慎み深い、でしゃばらない女性」にしたい古武士のような父親の言うことを真に受け続けた結果、人生を狂わされた響子の物語。子育て中の人や響子的な性格に育った人にはぜひ読んで欲しいです。
子供の育て方に正解なんてない。でも、響子の両親の子育ては多分あかん。
厳しいしつけ→響子ちょびっと失敗する→叱責→響子二度とやり直せずどんどん自信を失う…。

失敗は恥ずかしいことではないと、だれも教えてくれはしなかった。
失敗をおそれる彼女は、もう一度やりなおすということができない子どもになっていた。

高校生の響子が隣の席の男子との教科書の貸し借りに失敗して以来、「他人に無関心を装う」道を選んでしまうところ、すごく身に覚えがあって「あー!」ってなりました。同じようなことしてしまった人はたくさんいそう。

会社に勤めだした響子は、エリートで男らしい新井に憧れるが、「女としての慎ましさ」という大義名分に隠れて特に何もしない。一方、イケイケギャルの青柳さんはどんどん新井にアタックしていくのだった。
ある日、会社のおじさんたちに「お茶がちょっとぬるい」と言われ、さらに「叱責に敏感すぎてやりにくい。ギャルの方がマシ」という陰口を聞いてしまった響子は泣いて帰る。そこに偶然、職場のチャラ男・佐藤が通りかかる。

「あんたさあ、見栄っ張りだよなあ」
「み…見栄っ張り!? あ…あたしのどこが!!
あたし、見栄っ張りな女にはなるまいと心がけて来たはずです!
あなたみたいな人に何がわかるの!
ううん…誰も誰も、あたしのことなんかわかってくれない。
お…お茶ひとつ満足にいれられない女だって…
だけどあたしは一生懸命やってる! 一生懸命……!
だけどだけど、うまくやれない!
そこらへんのこんな小さな子どもにでも簡単にできることがあたしにはできない!
その苦しみがあなたなんかにわかってたまるもんですか!」

「だ…だからさ、僕がいったことはそれなんだよ
うまくやれないってことが、なんでそんなに大変なことなんだい?
『なんでもうまくやれるすばらしい女だ!』と、あんた言われたいんだよね。だれかに…。
『だれかにそう見てもらいたい』それが“見栄”なんだよ。
他人の目を…他人の評価を気にし過ぎるんだよ」

それはまさに彼女にとって大事な一瞬だった。

…しかし良いことを言ってくれたのが「チャラ男」だったため、効果は半減した!
この作品の何が切ないかって、響子は社会に出てから何度か、自分を変えるチャンスがあったんですよ。
他の山岸作品、例えば『ティンカー・ベル』『ブルー・ロージス』などの作品だったら、上みたいなことを「救済役の異性キャラ」に言われたヒロインはハッとなって、少しずつ変わっていくものでした。『天人唐草』にはそれがない。佐藤さんは響子の「救済キャラ」にはなれなかった。だって「響子の理想の男性像からかけ離れてた」から(本当)。
響子の趣味ではなかったようですが、佐藤さんはいい男です。佐藤さんとか調子麻呂とか井氷鹿とか、山岸作品の糸目男キャラ好きー。

上の方で「親の厳しいしつけによって人生を狂わされた」というようなことを書きましたが、大人になってからの響子は「慎ましさ」を大義名分に自分では何も働きかけず楽をしようというところもあったので、このへんはもう自己責任かなぁ。でもこういう考え方になっちゃったのは結局親のしつけのせいでは??

ある日、響子の父が急死する。場所は愛人宅。響子はショックを受ける。見る父の愛人は、派手で下品で色っぽいおばちゃん。父が響子に「こうあってはいけない」と言い続けた女性そのものだった。
「娘には勝手な理想像を押しつけ続けたくせに、自分が男として求めたのはその正反対の女だった」。これだけでもかなり強烈なオチなのに、さらに傷心の響子は帰り道で変質者に襲われ、発狂してしまいます。山岸先生はいつも容赦ないです。

「ぎえ──っ!」

あーあ。
最後の響子の「髪を金髪にする」ってのは、現代だとそうでもないけど、髪を染めるのがまだテレビの中の芸能人だけだった時代だということも考えて見ると響子がいかに向こうの世界に行っちゃったのかがわかりやすいです。向こうの世界に行っちゃった方が、響子には幸せだったのかな…。

タイトルの「天人唐草」は、イヌフグリ(犬の睾丸の意)という花の名前の別名。幼少時に「イヌフグリって何?」と聞いた響子が下ネタ嫌いの父に激怒されて以来その名前を封印し、「天人唐草」という綺麗な呼び名の方を使うようになったというエピソードから。鬱。

山岸先生によればこの作品が発表された当時、「あれはまるで私のことだ」と何人もの人に言われたらしく、「嘘〜! みんな思い当たるんですかァ」と思ったらしいです。いろんな人にそう思わせるからこの作品はすごいんですよ!

収録コミックス

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